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書類コラム|法人成り 廃業手続き

個人事業の廃業届|法人成り時の手続き完全ガイド

個人事業の廃業届は「廃業日から1か月以内に税務署へ提出」が原則。法人成り時は計7書類・3か所への手続きが連鎖します。「会社は作った。あとは個人事業をどう閉じるか」——順番に整理していきます。

2026年最新版 | 読了時間 約8分

なぜ法人成り時に廃業届が必要なのか?

法人成り(個人事業から会社へのバトンタッチ)をすると、税務の世界では「個人事業主・あなた」と「法人・あなたの会社」が完全に別の人格として扱われます。 会社を新しく作るための届出(法人設立届出書など)はもちろん必要ですが、それと同じくらい大事なのが「個人事業を正式に閉じる」ための手続きです。

これを忘れると、税務署からは「あれ、まだ個人事業を続けているのかな?」という前提で扱われ続けます。 申告書の用紙が送られ続けたり、個人事業税(都道府県税。地方税法72条以下に規定された都道府県税で住民税とは別税目)が課税され続けたり、消費税の課税事業者として申告義務が残ったり。 “閉じる手続きを忘れると、過去の自分が永遠に税務署の中に住み続ける”イメージです。

大原則:個人事業を「やめる」つもりで法人を作ったら、廃業届は原則として必須。 所得税法229条が廃業時の届出義務の根拠で、具体的な提出期限「事業を廃止した日から1か月以内」は同法施行規則や国税庁の様式案内に基づくルールとして運用されています。 罰則規定はありませんが、後述の通り実務上のトラブルが続発するので、出すのが正解です。

一方で、最近よく見かける「マイクロ法人型」のように、個人事業を残しつつ別の事業だけ法人に切り出すケースもあります。 この場合は個人事業そのものを廃業しないので、廃業届は出しません。 自分のケースが「完全な廃業」なのか「一部だけ法人化」なのかを最初にはっきりさせるのがスタートラインです。

判定の目安: 個人名義の事業所得が今後ゼロになる → 完全廃業(廃業届を出す)。 個人名義で事業所得が一部残る → 事業を継続(廃業届を出さない)。 ※家賃収入は不動産所得、株式の配当は配当所得で、いずれも事業所得ではないため本記事の廃業届の対象とは別枠で扱います。 迷ったら税理士へ相談するのが安全です。判断を間違えると、青色申告の枠組みを失ったり、消費税の納税義務に齟齬が生まれたりします。

「完全廃業型」と「マイクロ法人型」の分かれ道

副業の法人成りでは、もう少し細かく言うと2つのパターンがあります。 ひとつは個人事業をきれいに閉じて全部を法人に移す「完全廃業型」、もうひとつは個人事業を一部残しつつ法人を別ラインで稼働させる「マイクロ法人型」です。 どちらを選ぶかで廃業届の扱いが180度違ってきます。

タイプ 個人事業の扱い 廃業届 向いている人
完全廃業型 すべて法人に移す 必須 副業をフルに法人へ寄せたい人/本業給与+法人売上の構成
マイクロ法人型 一部を個人で継続 不要 国民健康保険を抑えたい人/個人事業の青色控除を残したい人

マイクロ法人型については マイクロ法人戦略 完全ガイド で詳しく解説しているので、迷っている方は先にそちらを読んでから本記事に戻ると、どちらの手続きを選ぶか判断しやすくなります。


廃業時に提出する書類7点セット

ここからは“出すべき書類”の全体像を一枚絵で示します。 該当する人だけ出すもの・全員必須のもの・提出先が違うものが混ざっているので、最初に俯瞰しておくと後の作業がぐっと楽になります。

📄

① 個人事業の開業・廃業等届出書

税務署 1か月以内

いわゆる「廃業届」。法人成りの場合は「廃業」のチェックと「事由」欄に法人成りである旨を記載。

📘

② 所得税の青色申告の取りやめ届出書

税務署 翌年3/15

青色申告者だった場合に提出。完全廃業なら原則必要。65万円控除等の特典をきれいに区切る。

🧾

③ 事業廃止届出書(消費税)

税務署 速やかに

消費税の課税事業者だった人のみ。インボイス登録者は別途取消届も必要。

📋

④ インボイス登録の取消届出書

税務署 翌課税期間初日の
15日前まで

適格請求書発行事業者だった場合のみ。タイミングを間違えると翌期も納税義務が残る(消費税法施行令70条の5)。

👥

⑤ 給与支払事務所等の廃止届出書

税務署 1か月以内

従業員や専従者へ給与を支払っていた人のみ。給与支払事務所を閉じる届出。

🏛️

⑥ 事業廃止申告書(都道府県)

都道府県税事務所 10日〜1か月

名称・期限は自治体ごとに異なる。個人事業税の対象だった場合に出す。

🏤

⑦ 廃業届(市区町村)

市区町村役所 自治体ごと

市区町村への届出が必要な地域も。要否は事業所所在地の自治体公式ページで確認。

ここは難しければ読み飛ばしても OK: 7点と並ぶと圧倒されますが、実際にあなたが全部出すとは限りません。 「①」はほぼ全員、「②」は青色申告者、「③④」は課税事業者・インボイス登録者、「⑤」は雇用していた人、「⑥⑦」は自治体ごと。 次のセクションから1枚ずつ「自分は要るのか/いらないのか」を判定していきます。

自分はどの書類が必要?簡易フローチャート

Q1個人事業を完全に閉じる?

YES → ①廃業届・②青色取りやめは原則必須。
NO(マイクロ法人型で一部残す) → ①〜⑦すべて不要(個人事業継続のため)。

Q2消費税の課税事業者だった?

YES → ③事業廃止届出書(消費税)が必要。
さらにインボイス登録もしていれば ④登録取消届も必要(タイミング注意)。

Q3従業員・家族専従者へ給与を払っていた?

YES → ⑤給与支払事務所等の廃止届出書が必要。
最後の源泉徴収納付期限も併せて確認。

Q4個人事業税の対象事業(ほぼ全業種)?

YES → ⑥都道府県への事業廃止申告書が必要。
自治体によっては⑦市区町村への届出も。お住まいの自治体公式ページで「個人事業 廃業届」を検索。

この4つの質問を上から順に答えていけば、自分が出すべき書類が自然と決まります。 副業サラリーマンで「自分一人で淡々とやってきた」というケースだと、実際に必要なのは①②③④⑥の5点くらいに収まることが多いです。


①廃業届(個人事業の開業・廃業等届出書)の書き方

正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」。 開業のときに一度書いた人も多いはずですが、廃業のときは同じ用紙の「廃業」欄にチェックを入れて使います。 用紙は国税庁のWebサイトからPDFをダウンロードできます。

記入のポイント(法人成りに特有な部分)

STEP 1「届出の区分」で「廃業」にチェック

用紙の上部にある「開業/廃業」のチェック欄で、「廃業」を選びます。「事由」欄に「法人成りのため」と簡潔に書きます。 ここで「個人事業を継続している」ような書き方をすると後の処理で齟齬が出るので、はっきりと廃業の旨を書きましょう。

STEP 2「事業所所在地」「氏名」「マイナンバー」を記入

開業時と同じ情報で大丈夫です。マイナンバー(個人番号)の記載欄があるので、控えを忘れずに。 税務署の窓口に提出する場合は本人確認書類(マイナンバーカード等)の提示も必要です。郵送の場合はコピーを同封します。

STEP 3「廃業日」を決める

法人成りの場合、廃業日は「法人の事業開始日の前日」または「個人としての最終売上の翌日」に合わせるのが一般的です。 会社の設立日(登記日)と一致させてしまうと、同日に個人と法人の両方で事業活動が発生し、売上の帰属(誰の売上として申告するか)が曖昧になる可能性があるので、設立日の前日に揃えるのがすっきりします。

STEP 4「廃業の事由」欄に法人成りである旨を明記

「法人成りのため」「○○合同会社設立に伴い個人事業を廃止」などの形で書きます。 承継先の法人名・所在地・法人番号も任意欄に併記しておくと、税務署側の整理がスムーズです(記載必須ではありませんが、調査が来た時に説明が楽になります)。

STEP 5控えは「リーフレット」または e-Tax 受信通知で保管

令和7年(2025年)1月から、税務署窓口での収受日付印の押なつは原則廃止されました(国税庁公表)。 提出した事実は「リーフレット(受付済通知)」やe-Taxの受信通知が証跡の代わりになります。 この証跡は銀行融資・補助金申請・税務調査などで「廃業の証跡」として後々使う場面が出てくるので、紙とPDF両方で保管しておくと安心です。

提出方法のショートカット: e-Tax を使えばオンラインで提出可能。マイナンバーカードと IC カードリーダー(またはスマホ対応リーダー)があれば、税務署に行かずに完結します。 e-Tax の場合は受付結果(受信通知)が控えの代わりになるので、必ずスクリーンショットや PDF で保存しましょう。
1か月以内ルール: 所得税法229条で「事業を廃止した日から1か月以内」と定められています。 例えば 9月30日に廃業 → 10月31日までに提出、というイメージ。 実際には1か月過ぎても受理してもらえる(罰則規定がない)ことが多いですが、原則ルールどおりに動くのが税務署との関係を健全に保つコツです。

記載例:法人成りに伴う廃業のサンプル

用紙の主要欄に何を書くかを、具体的なサンプルで整理してみます。 実際の用紙の番号は国税庁の様式変更で変わることがあるので、最新版PDFと照らし合わせながら参考にしてください。

記入内容(サンプル)
提出先税務署 ○○税務署長 殿
納税地 住民票上の住所(住所・電話番号)
氏名・生年月日 本人氏名/生年月日
個人番号 マイナンバー(12桁)
職業 該当する業種(例:ITコンサルタント)
屋号 個人事業時代の屋号があれば記載
届出の区分 「廃業」にチェック
所得の種類 「事業(農業以外)所得」にチェック
廃業の事由 「○○合同会社設立による法人成りのため、個人事業を廃止」
廃業日 2026年9月30日(例。法人設立日の前日に揃える)

記載自体は10〜15分で書き切れるくらいシンプルです。 ハードルは「いつ廃業するか」「設立日との関係をどうするか」を決めるところにあり、書類を書き始めるまでの準備のほうがメイン作業になります。


②青色申告の取りやめ届出書

個人事業時代に青色申告を選んでいた人は、この届出も忘れずに。 正式名称は「所得税の青色申告の取りやめ届出書」。 青色申告の特典(65万円控除、赤字の繰越3年、家族への給与の必要経費化など)を法人成りでいったん区切るための書類です。

提出期限と書き方のポイント

項目 内容
提出先 納税地を所轄する税務署
提出期限 青色申告をやめようとする年の翌年3月15日まで
記入欄 「青色申告書による申告をやめようとする年分」と「やめる事由」
事由欄には「法人成りに伴い事業を廃止したため」と記載
添付書類 原則なし(マイナンバー確認書類は提示)
例え話で整理: 青色申告は「税務署と交わした“きちんと帳簿を付けますね”という契約」のようなもの。 法人成りで個人事業を閉じるなら、その契約も“解約届”を出さないと、税務署のシステム上は青色申告者のままになります。 翌年も送られてくる申告書類が青色用のまま、ということが起きます。
同時提出が実務上の定番: 青色取りやめ届は、廃業届と同時に提出するのが実務での定番です。 出さないままだと、所得税法上は青色申告者としての地位が自然消滅しないため、将来また個人事業を始めたときに「あれ、青色の届出を出していたっけ?」と二重届出の混乱の元になります(所得税法151条の2、所基通151の2関係)。 廃業届とセットで提出するのが推奨です。

③消費税まわりの届出(課税事業者・インボイス登録者は要注意)

ここからは“該当する人だけ”のパートに入ります。 個人事業時代に消費税の課税事業者だった人、特にインボイス登録をしていた人は、消費税まわりの届出が複数必要になります。 手続きを忘れると翌期も消費税の納税義務が残るケースがあるので、丁寧に潰しておきたいところです。

なお、インボイス制度の詳細や2年免税との兼ね合いについては インボイス制度と副業法人成りの戦略 で詳しく整理しているので、合わせて読むと前後関係が理解しやすくなります。

5-1. 事業廃止届出書(消費税)

消費税の課税事業者だった人は、「個人事業の廃業届」とは別に「事業廃止届出書(消費税)」も提出します。 この届出を出すと、消費税の申告義務が廃業日までで切れます。 逆に出し忘れると、税務署からは「事業を継続しているはず」と扱われて、翌期の消費税申告書が送られてくる、というよくある事故が起きます。

項目 内容
提出先 納税地を所轄する税務署
提出期限 「速やかに」と消費税法57条1項3号で規定。実務上は廃業届と同時提出が多い
記入する主な項目 納税地・氏名・廃業日・課税期間

5-2. インボイス登録の取消届出書

インボイス(適格請求書発行事業者)の登録をしていた場合は、「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」も追加で提出します。 これがなかなか“クセモノ”で、提出時期によって効力発生日が変わります。

タイミングが命: 取消届の提出は「翌課税期間の初日から起算して15日前の日まで」が現行のルールです(消費税法施行令70条の5第3項。令和5年10月のインボイス制度開始以降に整備された規定)。 この期限を過ぎると、その翌々課税期間からしか取消の効力が発生せず、結果として取消したいタイミングよりも1期分、納税義務が長引くことがあります。 ※インターネット上には「30日前まで」と書かれた古い情報も残っていますが、現行法は15日前ルールが正解です。

例えば個人の課税期間が暦年(1月1日〜12月31日)で、12月中旬に廃業する場合、翌課税期間の初日は翌年1月1日です。 その15日前にあたる「12月17日」までに取消届を出さないと、翌年いっぱい個人としてインボイス登録事業者扱いになり、消費税の納税義務が残る計算になります。 法人成りで個人の売上はもうゼロのはずなのに、消費税申告だけ続く——というシュールな状態を避けるためにも、設立スケジュールと一緒に逆算しましょう。

「インボイス取消届、出し忘れたら税理士の表情が固まった」

副業法人を作ったのが11月中旬。12月決算で個人を閉じるつもりで廃業届と青色取りやめは即提出しました。 ところがインボイスの取消届だけ忘れていて、翌年1月に税理士から「これだと翌期もインボイス登録者のままなので、課税売上がゼロでも申告書の提出義務が残りますよ」と指摘されました。

個人としての売上は実質ゼロなのに、消費税申告書を1枚“空っぽに近い数字”で出す——という事態に。 翌期の早いタイミングで取消届を出して、翌々期からはきれいに切れましたが、「期限ある届出は意外と多い」というのを身をもって理解した一件でした。


④給与関連の届出(従業員・専従者がいた場合)

個人事業時代に従業員を雇っていたり、家族への青色事業専従者給与を支払っていた場合は、給与支払事務所まわりの後始末も必要です。 副業法人の規模だと「自分一人だけだったから関係ない」というケースも多いのですが、念のため確認しておきましょう。

6-1. 給与支払事務所等の廃止届出書

これは「個人事業として給与を払っていた事務所を、もう閉じます」という届出です。 従業員・家族専従者を雇っていた人だけが対象。 提出期限は廃業から1か月以内です。

6-2. 源泉徴収の最終納付

従業員や専従者の源泉徴収税を「半年に一度納付(納期の特例)」していた場合、その納付期限と廃業日の前後関係に注意が必要です。 廃業した時点で個人事業としての源泉徴収義務は終わりますが、廃業日までに支払った給与にかかる源泉税はちゃんと納付しないと未納扱いになります。

6-3. 家族への給与は法人で“役員報酬”として再設計

家族を専従者として雇って給与を払っていた場合、法人成り後は家族役員としての役員報酬に切り替えるのが一般的です。 個人事業の専従者給与と、法人の役員報酬は税務上の扱いが大きく違うので、税理士のレビューを受けてから設計するのが安全です。 家族への給与全般については 家族を役員にする節税術家族役員 業務日報サンプル で実態の作り込み方を解説しています。

ひと言まとめ: 個人事業で給与を払っていた人は、法人成りで「個人事業の給与支払事務所を閉じる」「法人の給与支払事務所を新たに開設する」という両側の作業が発生する、と覚えておくと混乱しません。

⑤都道府県・市区町村への廃業届

税務署(国税)の手続きが終わってホッとするのは少し早いです。 都道府県と市区町村にも「事業をやめました」という届出を出す必要があるケースがあります。 ここは自治体ごとに名称も期限もバラバラなので、お住まいの自治体公式ページで確認するのが確実です。

7-1. 都道府県税事務所への届出

個人事業税の対象だった事業(ほぼ多くの事業が対象)の場合、都道府県税事務所にも「事業廃止申告書」または同等の名称の書類を提出します。 期限は自治体によって異なり、例えば東京都の場合は廃業日から10日以内が目安です(具体的日数は変更される可能性があるため、最新の自治体ページで要確認)。

7-2. 市区町村への届出が必要なケース

市区町村にも届出が必要なケースがあります。 多くの場合、市区町村への届出は不要ですが、自治体によっては「事業所税」や「個人個人事業税(都道府県税)部分」の関係で必要になることも。 最初に「○○市 個人事業 廃業届」で検索して、自治体公式ページの記載を確認しましょう。

意外と見落としがち: 税務署(国税)に出した廃業届は、自動的には都道府県や市区町村には伝わりません。 別々の役所なので、別々に手続きが必要です。 ここで止まってしまうと、翌年も都道府県から「個人事業税の通知」が届いて慌てる、ということが起きます。

7-3. 国民健康保険・国民年金まわりの整理

副業サラリーマンが本業の社会保険に入っていた場合は、ここはあまり気にする必要はありません。 でも、もし個人事業時代に国民健康保険・国民年金に加入していた人は、法人成り後の社会保険切り替えと合わせて、市区町村窓口での切り替え手続きが必要です。

法人成りで役員報酬を取る場合は、原則として法人の社会保険(健康保険・厚生年金)への加入義務が発生します。 役員報酬をゼロにして社会保険に加入しない、という設計もありますが、その場合は引き続き国民健康保険・国民年金が続きます。 役員報酬の設計と社会保険の切り替えは、 役員報酬ゼロ運用 完全ガイド副業の社会保険「二重払い」問題と解決策 でセットで整理しています。


在庫・固定資産・売掛金を法人へどう引き継ぐ?

「廃業届を出して終わり」ではないのが、法人成り特有の難所です。 個人で持っていた在庫・固定資産・売掛金・買掛金・銀行口座・契約関係などを、どうやって新しい法人に渡すか。 ここは税務調査の頻出論点でもあるので、丁寧に整理しておきましょう。

8-1. 個人と法人は別人格、原則は“売買”で引き継ぐ

前のセクションで触れた通り、個人事業と法人は税務上の別人格です。 なので資産を渡すときは、原則として個人が法人に売る形を取ります。 「個人が法人に貸す」「個人が法人にあげる」もできなくはありませんが、貸借契約や贈与の場合は別の論点(評価額・贈与税・利益相反取引)が絡んでくるので、ほとんどの実務では“売買”で処理します。

8-2. 主要資産の引き継ぎ方法

資産の種類 引き継ぎ方法 注意点
在庫(棚卸資産) 時価で売買契約 個人が消費税の課税事業者なら消費税課税対象。譲渡金額の決め方が論点
固定資産(PC・機械等) 帳簿価額または時価で売買 個人側で譲渡所得(総合課税)が発生する可能性あり
売掛金 法人が代わりに回収(債権譲渡) 個人側の最終確定申告で売上計上が必要
買掛金・未払金 個人で支払い完結が原則 法人へ移すなら債務引受契約と振替処理が必要
銀行口座 個人口座と法人口座は別。法人で新規開設 個人口座のまま使い続けるのはNG(混在のリスク)
契約関係(取引先・賃貸借) 法人名義への巻き直しが必要 取引先への通知・契約書差替えに時間がかかる
※ ここは少し細かいので、興味のない方は次のセクションへ進んでもOKです: 在庫の譲渡価額や固定資産の譲渡価額をいくらに設定するかは、税務調査の頻出論点です。 極端に安く(または高く)すると、所得の付け替えや贈与扱いになる可能性があるため、客観性のある時価(または帳簿価額)で揃えるのが安全です。

8-3. 引き継ぎ時に作るべき書類

📝

譲渡契約書(個人 → 法人)

在庫・固定資産・売掛金などを、いつ・いくらで・どの法人に譲渡したかを書面化。後の調査に備えた一次資料。

📜

議事録(利益相反取引の承認)

代表者個人と法人の間の取引は会社法356条1項2号の利益相反取引に該当。一人会社でも株主総会議事録を残す。

📊

棚卸資産一覧・固定資産台帳

譲渡対象資産を具体的に特定。品名・数量・単価・合計額を表で整理し、契約書の別紙として添付する。

💰

振込(または相殺)の証跡

譲渡対価は実際に法人から個人へ支払う(または役員借入金として残す)。実体のある資金移動を残しておくと安心。

利益相反取引の議事録については、雛形を 役員報酬決定の議事録 雛形|利益相反取引対応版 で配布しているので、社宅契約や貸付金と合わせて使い回せます。

ベストプラクティス: 譲渡対価を支払う現金が法人にまだない場合、現金を動かさずに「役員借入金」として法人の貸借対照表に計上する方法があります。 個人としては譲渡代金が法人への貸付になるイメージ。あとで法人の業績に余裕が出てから返済していく流れです。 ただし、役員貸付金・役員借入金は税務調査の頻出指摘でもあるので、運用ルールは 役員貸付金・役員借入金の正しい処理 で押さえておきましょう。

8-4. 引き継ぎ価額の決め方——「時価」とは何を指すのか

「時価で売買する」と書きましたが、実務でいう時価とは何を見るのか。 ここを曖昧にしておくと、後の税務調査で「価額が不適切」と指摘されることがあります。 資産の種類ごとに目安が違うので、整理しておきます。

資産の種類 時価の目安 参考にする資料
通常販売できる在庫 通常の販売価額が原則。低額譲渡を避ける目安は所基通40-2の「通常販売価額のおおむね70%以上」 仕入伝票・販売価格表
滞留在庫・劣化在庫 処分予想価額(場合により無価値)。評価の根拠を残す 在庫評価表・廃棄記録
パソコン・備品 原則は時価。未償却残額(帳簿価額)を時価の合理的な参考値として用いるのが実務上一般的 固定資産台帳・中古市場相場
パソコン・備品(中古相場が大きく乖離する場合) 中古市場流通価格を優先 中古買取相場サイト等
車両 業者の中古買取価格相場 中古車査定サイト・買取見積

ここで難しいのは「時価が客観的に分かりにくい資産」の扱いです。 例えばオリジナルで作ったソフトウェアや、商標権・顧客リストなど無形のものは、譲渡価額の妥当性を立証するのが大変になります。 副業の規模では深入りしすぎず、明らかに換金性のある資産だけを譲渡対象にする——というシンプルな運用が安全です。

極端な低価額譲渡は要注意: 「個人と法人は実質一体だから、1円で譲渡してOK」という発想は危険です。 所得税法40条1項2号により、棚卸資産を著しく低い対価(おおむね通常販売価額の70%未満)で譲渡した場合は時価でのみなし譲渡として課税される可能性があります。 法人側でも時価との差額が受贈益として課税対象になる場合があり、迷ったら税理士のチェックを受けてから契約書を作りましょう。

最後の確定申告とスケジュール

廃業届を出したら、最後にもう一仕事——「最後の確定申告」が残っています。 個人事業として活動した最終年分(1月1日〜廃業日)の所得を、翌年の確定申告期間にきちんと申告して納税します。

9-1. 個人と法人の申告期限を並べてみる

主体 対象期間 申告期限
個人(廃業した年) 1月1日〜廃業日 翌年2月16日〜3月15日
法人(設立1期目) 設立日〜決算日 決算日の翌日から2か月以内
消費税(個人) 課税期間〜廃業日 翌年3月31日

法人の決算月をいつにするかで、申告タイミングが大きくずれます。 副業法人の場合、本業の繁忙期と決算をずらすために9月決算を選ぶケースが多いのは 決算月の選び方 でも紹介している通り。 個人と法人で年に2回、別々の申告サイクルが発生することは前提にしておきましょう。

9-2. 最後の確定申告で気をつけたい3点

1売上・経費は廃業日までで区切る

廃業日以降の売上は法人の売上、廃業日までの売上は個人の売上。 日割りや月割りで按分するわけではないので、契約・請求・入金のタイミングを基準に整理します。 請求書の発行日が廃業日の前後どちらかで、扱いが変わることが多いので注意。

2固定資産の譲渡所得を忘れずに

パソコンや備品を法人に売った場合、原則として個人の譲渡所得(総合課税)として申告します(所得税法33条)。 ただし棚卸資産や少額減価償却資産として必要経費に算入済みのものは、譲渡所得ではなく事業所得・雑所得として扱うケースがあります(所基通33-1の2)。 また「生活に通常必要な動産」(所法9条1項9号)は譲渡所得の非課税対象ですが、事業用PC・備品はこの非課税規定の対象外です。漏れやすい論点なので、譲渡契約書をベースに区分して丁寧に拾います。

3青色申告特別控除は廃業年も適用可能

廃業した年でも、要件を満たせば65万円(または55万円・10万円)の青色申告特別控除は使えます。 「途中で青色をやめたから控除なし」とは限らないので、最後の年こそ最大限の控除を活かしましょう。 65万円控除の要件は、複式簿記による記帳・期限内申告に加え、「e-Tax による申告」または「優良な電子帳簿の保存」のいずれかを満たすこととされています(租税特別措置法25条の2第3項・第4項)。

所得税の準確定申告は別物: 「準確定申告」という言葉は、ご家族が亡くなったときの相続人による申告のことを指します。 法人成りに伴う廃業のときは、通常通り「確定申告」をすればOK。混同しないよう注意。

9-3. 法人成り直後の二重サイクルをカレンダーに落とす

例えば 2026年9月30日に個人廃業 → 同年10月1日に法人設立 → 翌年9月決算、というケースを並べてみます。

時期 個人としてやること 法人としてやること
2026年9月 廃業日確定/在庫棚卸/契約名義変更準備 設立登記準備/法人口座開設準備
2026年10月 廃業届・青色取りやめ・消費税廃止届提出 法人設立登記/法人設立届出書提出
2026年11月〜12月 譲渡契約書整備/売掛金回収 役員報酬決定(設立3か月以内)/会計ソフト導入
2027年2月〜3月 最後の確定申告(個人)/消費税申告
2027年9月〜11月 1期目決算/法人税申告(決算日の翌日から2か月)

表を見れば分かる通り、個人と法人の作業が並行して走ります。 会計ソフトの導入や顧問税理士との連携は、この時期に集中して固めておくと後が楽です。 会計ソフトは 法人会計ソフト比較|freee/MF/弥生 も参考に。

9-4. 廃業のタイミングをいつにすべきか——3つの選び方

「廃業日をいつにするか」は、けっこう自由度のあるところです。 税務上の縛りはほぼなく、本人の意思で決められます。 ただ、後の事務処理のしやすさや税負担に差が出るので、3つの典型パターンから選ぶのがおすすめです。

パターン 廃業日 メリット デメリット
A. 月末廃業(標準) 法人設立日の前月末 区切りが明確/帳簿の月次締めと一致 少し早めに動く必要あり
B. 前日廃業(最短) 法人設立日の前日 個人売上を最後まで活かせる 引き継ぎ作業が忙しい
C. 課税期間末廃業 個人の課税期間末日(通常は12月31日) 消費税の課税期間がきれいに区切れる 法人設立から数か月の重複期間ができる

副業法人の多くはA(月末廃業)が定番です。 月初に法人設立、前月末で個人廃業、というシンプルな並びにすると、会計データや書類の整理がしやすくなります。 Cパターンは、課税事業者で消費税の処理を整えたい人や、確定申告期間との整合をとりたい人に向いています。

たとえ話: 廃業日を決めるのは、引っ越しの「鍵を返す日」を決めるようなものです。 新居(法人)に住み始める日と、旧居(個人)の鍵を返す日。 間隔を空けすぎると家賃の二重払い、近すぎると引っ越し作業がギリギリ。 ベストは「新居に入る前日に旧居を引き払う」型——これが月末廃業(A)のイメージです。

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