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書類コラム|法人成りの会計処理

法人成りの在庫引き継ぎ
会計処理と譲渡価額の決め方

物販系の副業を法人成りするとき、最初にぶつかるのが在庫の引き継ぎです。別人格どうしの売買という大原則から、譲渡価額・仕訳・消費税・議事録まで、つまずきやすいポイントを順番に整理します。

2026年最新版 | 読了時間 約8分

先に結論。個人事業の在庫は、法人へ「そのままタダで移す」ことはできません。個人と法人は別人格なので、売買(または現物出資)という形で、価額を決めて引き継ぐのが原則です。 価額は適正な時価(実務では仕入原価=帳簿価額を軸にするのが無難)で決め、譲渡契約書・棚卸表・議事録の3点セットを残す。書類の形式と価額の妥当性、その両方を整えておくことが、税務調査への一番の備えになります。

なぜ法人成りで在庫は「ただ移すだけ」では済まないのか

物販やせどり、ハンドメイド販売など「モノを仕入れて売る」副業を法人成りすると、ほぼ必ず最初に直面するのがこのテーマです。 昨日まで自分の物置にあった在庫を、今日からは「会社の在庫」として扱う——言葉にすると一瞬ですが、税務の世界ではここに意外と大きな段差があります。

ポイントは「個人事業主だったあなた」と「新しく作った法人」は、法律上は完全に別の人格だということ。 たとえ社長が自分ひとりで、出資も自分のお金100%でも、法人は自分とは別の「他人」として扱われます。 だから在庫を法人に渡すという行為は、家計の中でお財布を移し替えるのとは違い、「他人に売る(または出資する)」のと同じ意味になるのです。

ここがつまずきポイント:「自分の会社なんだから、在庫もそのまま会社のものでしょ」という感覚で帳簿に何も残さずに移すと、後から「いつ・いくらで・誰から誰へ動いたのか分からない資産」が生まれます。これが税務調査でいちばん指摘されやすい状態です。

「別人格どうしの取引」をイメージで掴む

たとえるなら、引っ越しではなく「店じまいセール」です。 個人事業という古いお店をたたむとき、棚に残った商品を、新しくオープンする会社というお店が買い取る。 買い取る以上、値札(譲渡価額)が必要で、レシート(契約書)も必要で、「たしかにこの値段で売り買いしました」という記録(議事録・帳簿)も残す。 この一連を省略すると、後で「本当に売買だったの?タダであげたんじゃないの?」と疑われる余地が生まれてしまいます。

もうひとつ大事なのは、この引き継ぎが個人側・法人側の両方に影響するという点です。 個人側では「在庫を売った」ことになるので、最後の確定申告で売上(事業所得の総収入金額)として処理する必要があります。 法人側では「在庫を買った」ことになるので、棚卸資産として資産計上し、売れたときに原価として費用化していきます。 片方だけ処理して片方を忘れる、というのが事故のもとです。

このセクションの要点:在庫の引き継ぎは「移動」ではなく「売買(または出資)」。個人=売り手、法人=買い手という2人の登場人物がいて、両方の帳簿に記録が必要——まずこのイメージだけ持って先に進んでください。

なお、在庫だけでなく、個人で使っていた備品・車両・売掛金なども同じ考え方で引き継ぎます。 廃業届やそのほかの後始末を含めた全体の段取りは、個人事業の廃業届|法人成り時の手続き完全ガイドで整理しています。あわせて読むと、在庫の位置づけが俯瞰しやすくなります。


在庫を法人へ引き継ぐ3つの方法

在庫を法人へ移す方法は、大きく3パターンあります。 副業の法人成りでは①売買(事業譲渡を含む)がほぼ王道で、②現物出資は使える場面が限られ、③「引き継がない」という選択肢もときには合理的です。 まず全体像を表で押さえましょう。

方法 どんな引き継ぎ方か 副業法人での使いどころ
①売買
(譲渡)
個人が法人に在庫を「売る」。代金は現金または未払金・役員借入金で計上 王道 手続きがシンプルで、価額・契約書・仕訳が分かりやすい。多くの副業法人成りはこれ
②現物出資 在庫そのものを「資本金の代わり」として法人へ出資し、株式・持分を受け取る 資本金を厚く見せたいときに使えるが、評価や手続きの手間が増えがち。少額在庫では割に合わないことが多い
③引き継がない 個人在庫は個人のまま売り切り、法人は新たに仕入れてスタート 在庫が少額・劣化在庫が中心なら、無理に動かさず「個人で売り切る」のも実務的な選択

①売買(事業譲渡)——副業法人成りの王道

もっとも素直で、もっとも多いのが売買です。 個人が売り手、法人が買い手になって、在庫を時価(または帳簿価額)で売買します。 代金のやり取りは、設立直後で法人にお金がなければ「未払金」や「役員借入金」として計上し、後でゆっくり返していけばOK。 現金が一気に動かなくても成立するのが、このやり方の使いやすいところです。

在庫だけでなく、備品・車両・電話加入権・売掛金などをまとめて引き継ぐ場合は「事業譲渡」という形になりますが、副業規模であれば「資産を1つずつ売買契約で渡す」感覚で十分実務が回ります。 契約書に「譲渡資産の一覧(棚卸表)と金額」を別表で添付しておくと、後から見返したときに分かりやすくなります。

②現物出資——使える場面は限られる

現物出資は、お金の代わりに「モノ」を出資して株式・持分をもらう方法です。 在庫を出資財産にできれば資本金を厚くできますが、株式会社では原則として出資財産の価額が適正かどうかのチェック(検査役の調査など)が問題になり、手続きが重くなりがちです(総額500万円以下なら調査を省略できる例外があります=会社法33条)。 一方、副業で多い合同会社には、そもそも検査役調査の制度がありません。その代わり、出資財産を過大評価すると社員が不足額をてん補する責任を負う点に注意が必要です。いずれにせよ、少額の副業在庫のためにわざわざ現物出資を選ぶメリットは小さいことが多く、素直な売買が無難です。

※ ここは少し専門的:現物出資は会社法上の手続き(財産の価額の証明など)が絡みます。興味がなければ「副業在庫なら基本は売買でOK」とだけ覚えて、次のセクションに進んでも問題ありません。

③あえて引き継がないという選択

意外と見落とされがちですが、「引き継がない」も立派な選択肢です。 在庫が少額だったり、型落ち・劣化で売れ残っているものが中心だったりするなら、無理に法人へ移さず、個人事業の最後の期間で売り切ってしまう。 法人は新たに仕入れてスタートする——このほうが、価額の議論も契約書も最小限で済み、すっきりすることがあります。

私自身、せどりの副業を合同会社にしたとき、在庫の引き継ぎでいちばん悩んだのが「全部移すか、一部は個人で売り切るか」でした。

結論としては、回転の速い主力在庫だけを帳簿価額で法人に売買で引き継ぎ、半年以上動いていない滞留在庫は個人のラスト確定申告までに自分でメルカリやセール販売で処分しました。動かない在庫まで法人に移すと、結局あとで評価減や廃棄の処理が増えるだけだと感じたからです。

「全部きれいに移さなきゃ」と気負っていましたが、振り返ると主力だけに絞ったことで、棚卸も契約書もぐっとシンプルになりました。あくまで私のケースの判断で、引き継ぐ範囲は在庫の構成次第で変わりますが、無理に全部移さなくてもいいんだ、と肩の力が抜けたのを覚えています。


いつ引き継ぐ?廃業日・設立日・棚卸のタイミング

「方法」と並んで地味につまずくのが、引き継ぎのタイミングです。 法人成りでは、個人事業を閉じる「廃業日」と、会社が生まれる「設立日(登記日)」がぴったり同じ日になるとは限りません。 この日付のズレをどう扱うかを先に決めておくと、在庫の引き継ぎがスッと整理できます。

結論を先に:在庫の引き継ぎ日は「法人の設立日以降のどこか1日」に決めて、その日に実地棚卸をして金額を確定するのが王道。設立前には法人がまだ存在しないので、在庫を法人へ売ることはできません。

設立日より前には引き継げない

当たり前のようで見落としがちなのが、「法人が登記で生まれる前に、その法人へ在庫を売ることはできない」という点です。 会社が存在しない以上、買い手がいないからです。 だから在庫の譲渡日は必ず設立日(登記日)以降に設定します。 「設立準備中に仕入れた分」も、いったん個人で受けてから、設立後に法人へ売買で渡すのが筋です。

引き継ぎ日に「実地棚卸」をしておく

引き継ぎの金額は、頭の中の「だいたい」ではなく、その日に実際に数えた在庫(実地棚卸)で確定させます。 品目・数量・単価を数えて棚卸表を作り、それがそのまま譲渡契約書の別表になります。 写真を撮っておくと、後から「本当にその在庫があったのか」を示す材料にもなります。 手間に感じますが、ここを丁寧にやるほど、あとの説明がラクになります。

時期 個人事業側でやること 法人側でやること
設立日まで 通常どおり営業・仕入。引き継ぐ在庫の見当をつけておく 設立登記の準備(定款・資本金・登記)
設立日〜引き継ぎ日 引き継ぎ日に実地棚卸/棚卸表を作成 法人口座の開設準備・会計ソフト初期設定
引き継ぎ日 譲渡契約を締結/売上を計上 在庫を棚卸資産として受入/役員借入金を計上
廃業日・申告期 廃業届を提出/最後の確定申告で在庫譲渡分の売上を計上 以後は法人として仕入・販売・決算
期ズレに注意:個人の廃業日と法人の設立日が数日〜数週間ずれるのはよくあることです。その「すき間期間」の売上をどちらに帰属させるかは曖昧になりがちなので、「○月○日以降の取引は法人」と線引きを決め、契約書・帳簿で統一しておきましょう。

廃業日の決め方や廃業届の提出先・期限など、引き継ぎの前後の段取り全体は 個人事業の廃業届|法人成り時の手続き完全ガイドに詳しくまとめています。在庫はその大きな流れの一部、という位置づけで読むと迷いません。


譲渡価額はいくらにすればいい?簿価・時価・70%ルール

在庫引き継ぎで誰もが一番悩むのが「で、いくらで売ればいいの?」です。 ここは所得税法上の建前(時価)と、実務でよく使う数字(帳簿価額)のあいだで、ちょうどいい落としどころを探す作業になります。 結論から言うと、原則は適正な時価。迷ったら仕入原価(帳簿価額)が、多くのケースで現実的な落としどころです。

結論を先に:原則は「適正な時価」で売ること。通常販売できる在庫は仕入原価(帳簿価額)を軸にするのがシンプルで無難です。ただし著しく安く(または高く)すると否認リスクが出ます。よく聞く「通常販売価額のおおむね70%」は価額設定の推奨ラインではなく、安く売りすぎたときに売上が引き戻される基準(所得税基本通達40-2)。「70%で売ればOK」という意味ではない点に注意してください。

そもそも「時価」って何を指すのか

税法が原則とするのは「時価」での取引です。 ただ在庫の時価といっても、定価そのものではありません。 仕入れたばかりで定価で売れる商品なら通常の販売価額に近い金額が時価ですし、流行が過ぎて値下げしないと売れない商品なら、その「実際に売れるであろう価格」が時価に近づきます。 つまり時価は一律ではなく、その在庫が今いくらで現金化できるかで考えるイメージです。

一方、実務でよく使われるのが帳簿価額(=仕入原価)です。 個人の帳簿に「仕入50万円」で載っている在庫を、法人にも50万円で売買する。 これなら個人側で大きな利益も損も出ず、法人側も素直に50万円の棚卸資産として受け入れられて、計算がとてもシンプルになります。 多くの副業法人成りで帳簿価額が選ばれるのは、この「分かりやすさ」が理由です。

なぜ「安すぎる譲渡」が危険なのか

では「個人の利益を消したいから、在庫を1円で法人に渡そう」はアリかというと、これは危険です。 通常は売れる商品を著しく低い価額で譲渡すると、所得税基本通達40-2の考え方により、個人側で「通常販売価額のおおむね70%相当額」まで売上を引き上げて計算される可能性があります。 これは「販売業者が在庫を贈与・低額譲渡したときの総収入金額の算入ルール」で、要は「身内に安く流して所得を消す」操作を防ぐための物差しです。

たとえ話:定価1万円で普通に売れる商品を、自分の会社に「100円で売った」ことにしても、税務署からは「いや、本当は7,000円くらいの価値があったよね」と見られる、というイメージです。安くしすぎても、その分の所得は結局カウントされる——だから極端な低額設定は意味がないどころか、リスクだけが残ります。
誤解しやすいポイント:この「70%」は、あくまで低額譲渡を指摘されたときに引き戻される算入ラインであって、「70%まで下げてよい(70%なら安全)」という推奨値ではありません。健全な在庫をわざわざ70%まで下げれば、その値下げ自体が低額譲渡として別の論点を呼びます。原則は「適正な時価=現に売れる価格」、迷ったら仕入原価——これが基本姿勢です。

高すぎる譲渡も別のリスクを生む

逆に「法人の経費(原価)を増やしたいから高く売ろう」も問題です。 時価よりはるかに高い金額で法人に売れば、過大な部分は法人側で損金(会社の経費として認められる金額)にならないうえ、その過大部分が役員への臨時の給与とみなされれば個人側でも給与所得として課税され、法人の源泉徴収漏れ(不納付加算税)にもつながり得ます。つまり高すぎる譲渡は、法人・個人・源泉と複数のレイヤーで問題が連鎖します。 高くしても安くしても、極端な価額は結局どこかでひっかかる。だから「客観的に説明できる範囲」に収めるのが王道なのです。

在庫のタイプ 譲渡価額の考え方 残しておく根拠資料
通常販売できる在庫 仕入原価(帳簿価額)が基本。著しく安いと通常販売価額の約70%まで引き戻される(所基通40-2) 仕入伝票・販売価格表・棚卸表
値下げ販売中の在庫 実際の値下げ後価格(=現実に売れる価格)を時価として参考に 値下げ告知・販売実績データ
滞留・劣化在庫 処分見込価額。ほぼ無価値なら低額・ゼロ評価もあり得る(根拠を残す) 在庫評価表・廃棄記録・写真

迷ったら「通常販売できる在庫は仕入原価」「売れ残りは実態に合わせて評価」の2本立てで考えると、ほとんどの在庫はきれいに整理できます。 そして、なぜその価額にしたのかを一言メモで残しておく。これだけで、価額に関する説明力がぐっと上がります。


在庫引き継ぎの会計処理と仕訳(個人側・法人側)

ここからは具体的な仕訳です。 「個人側」と「法人側」で鏡のように対になるのがポイント。 個人は売った(売上)、法人は買った(棚卸資産)——この対応さえ崩さなければ、仕訳自体は難しくありません。 ここでは在庫の仕入原価(帳簿価額)50万円で引き継ぐ、というシンプルな例で見ていきます。

※ ここから仕訳の例が続きます。数字や勘定科目が苦手な方は、表の下にある「ひと言まとめ」だけ読んで次のセクションに進んでもOKです。

個人側の仕訳(売り手)

個人事業主は在庫を「売った」ことになるので、最後の確定申告で売上として計上します。 代金をすぐにもらわない場合は「未収入金」、消費税の課税事業者なら「仮受消費税」も立てます(ここでは免税事業者として消費税なしの簡易版で示します)。

個人側:在庫を法人へ50万円で売却(免税事業者・代金は未収)
借方金額貸方金額
未収入金500,000 売上(事業所得)500,000

この売上は、廃業する年の事業所得に含めて申告します。 「在庫を法人に渡したら、それが最後の売上になる」というイメージです。 原価はすでに仕入時に計上されているので、ここで二重に原価を立てないよう注意します。 なお廃業する年は、期末在庫がゼロになる(=それまで繰り延べていた在庫が売上原価に振り替わる)ことと、譲渡した売上の計上をセットで確認しておくと、原価の二重計上や計上漏れを防げます。

法人側の仕訳(買い手)

法人は在庫を「買った」ので、棚卸資産(または仕入)として計上します。 設立直後で現金がない場合、代金は社長への「役員借入金(社長からの借入)」として処理するのが定番です。 これなら現金を動かさずに、後からゆっくり返済していけます。

法人側:個人から在庫を50万円で購入(代金は役員借入金)
借方金額貸方金額
商品(棚卸資産)500,000 役員借入金500,000

この「役員借入金」は、法人が社長に対して負っている借金です。 法人にお金が貯まってきたら、社長に返済していきます。 役員借入金は副業法人で非常によく出てくる勘定で、扱いを間違えると認定利息などの論点も出てきます。詳しくは 役員貸付金・役員借入金の正しい処理にまとめています。

ひと言まとめ:個人は「未収入金/売上」、法人は「棚卸資産/役員借入金」。鏡のように左右対称で、現金を動かさなくても役員借入金で受けられる——これだけ覚えれば在庫引き継ぎの仕訳は8割クリアです。

「仕入」で受けるか「棚卸資産」で受けるか

法人側で在庫を受け入れるとき、「仕入」で計上して期末に棚卸資産へ振り替える方法と、最初から「商品(棚卸資産)」として資産計上する方法があります。 どちらでも最終的な利益計算は合いますが、期首にまとめて引き継ぐなら棚卸資産として受けるほうが分かりやすいことが多いです。 会計ソフトの設定や顧問税理士の方針にもよるので、ここは現場に合わせて統一すれば問題ありません。

なお、こうした仕訳や棚卸の管理は会計ソフトを使うと一気に楽になります。 法人成り後のソフト選びは法人会計ソフト比較|freee vs マネーフォワード vs 弥生を参考にしてください。


消費税はどうなる?課税・免税・インボイスの3論点

在庫引き継ぎでうっかり見落とされがちなのが消費税です。 在庫の売買は、税法上は立派な「商品の販売」。 だからあなた(個人)が消費税を納める義務のある事業者かどうかで、扱いが大きく変わります。 ここでは「個人が課税事業者か免税か」「インボイス」「法人側の仕入税額控除」の3つに分けて整理します。

結論を先に:個人が課税事業者なら在庫の譲渡に消費税がかかり、個人は納税、法人は(条件を満たせば)仕入税額控除できる。個人が免税事業者なら消費税は預からない。インボイスの有無で法人側の控除可否が変わる——この3点を押さえれば十分です。

論点① 個人が「課税事業者」か「免税事業者」か

まず大前提として、消費税は誰でも納めるわけではありません。 課税事業者かどうかは、原則として基準期間(2年前の年)の課税売上高が1,000万円を超えるかなどで判定します。ここを「今年の売上が小さいから自分は免税」と取り違えるのが典型的な事故です。廃業直前で売上が落ちていても、2年前の売上やインボイス登録によって課税事業者になっているケースは珍しくありません。 課税事業者である個人が在庫を法人に売ると、その代金に消費税を上乗せして預かり、後で納める必要があります。逆に、過去の売上も小さくインボイス登録もしていない「免税事業者」なら、在庫を売っても消費税を預かりません。

物販副業の場合、インボイス登録のために自分から課税事業者を選んでいる人も少なくありません。 自分が課税事業者かどうかを思い出せないときは、「インボイス登録をしているか」「消費税の申告をしているか」をチェックすると、だいたい判別できます。 ここは インボイス制度と副業法人成り|消費税の戦略的選択でも詳しく扱っています。

論点② 法人側は仕入税額控除できる?インボイスの壁

法人側が課税事業者の場合、個人から仕入れた在庫の消費税を「仕入税額控除」(払った消費税を差し引くこと)に使いたいところです。 ただしインボイス制度のもとでは、原則として売り手(=個人)が適格請求書(インボイス)を発行できる事業者でないと、買い手(=法人)はフルには控除できません

インボイスは、いわば「消費税の控除に使える正式なレシートのおかわり券」のようなもの。 個人がインボイス発行事業者でない場合、法人側は経過措置(一定割合のみ控除できる期間限定の救済)の範囲でしか差し引けません。 この経過措置は時期によって控除割合が縮小する点に注意です。免税事業者からの仕入れは、2023年10月〜2026年9月は80%、2026年10月〜2029年9月は50%しか控除できず、その後は原則控除なしの予定。読む時点でどの割合かが変わるので、適用時点の割合を必ず確認してください。 自分が個人でインボイス登録をしているなら、その登録番号を引き継ぎの請求書に記載しておくと、法人側はフルに控除でき、処理もスムーズになります。

ありがちな勘違い:「自分の個人と自分の会社の取引だから消費税は関係ない」は誤りです。別人格どうしの売買である以上、課税事業者なら消費税が発生します。法人側で控除を取りたいなら、インボイスや請求書の整備までセットで考えましょう。

論点③ 仮受・仮払消費税を含めた仕訳イメージ

個人が課税事業者の場合、先ほどの本体価額50万円(税抜)の在庫売買に消費税(10%=5万円)が乗ります。 個人側は「仮受消費税」、法人側は「仮払消費税」を立てる形です。 なお、ここでは譲渡価額を税抜50万円とした例です。実際は税抜経理か税込経理か、当事者それぞれの課税区分によって金額の組み方が変わるので、自分のケースに当てはめる前に区分を確認してください。 数字が苦手な方は表だけ眺めて、下の一行まとめに進んでもらえれば大丈夫です。

個人側(課税事業者):在庫50万円+消費税5万円で売却
借方金額貸方金額
未収入金550,000 売上500,000
仮受消費税50,000
法人側(課税事業者):在庫50万円+消費税5万円で購入
借方金額貸方金額
商品(棚卸資産)500,000 役員借入金550,000
仮払消費税50,000
ひと言まとめ:個人が課税事業者なら「本体+消費税」で売買し、個人は預かった消費税を納め、法人はインボイスがあれば控除に使える。個人が免税なら消費税なし。自分と法人、それぞれの課税区分を最初に確認しておくのがコツです。

在庫以外も同じ考え方|備品・車両・売掛金の引き継ぎ

ここまで在庫を中心に見てきましたが、法人成りでは在庫以外にも個人で抱えた資産があります。 パソコンや棚などの備品、配送に使う車両、まだ回収していない売掛金、未払いの買掛金——。 これらも基本は在庫と同じ「別人格どうしの売買」で考えればOK。 ただし資産の種類ごとに少しだけ評価の物差しが違うので、早見表で整理します。

資産の種類 引き継ぎ価額の考え方 注意点
在庫(棚卸資産) 仕入原価が基本(著しく安いと通常販売価額の約70%まで引き戻される) 課税事業者なら消費税課税。本記事の中心テーマ
備品・工具器具 減価償却後の帳簿価額(未償却残高)または時価 少額のものは無理に移さず個人で使い続ける選択も。消費税は課税対象
車両 減価償却後の帳簿価額または査定価格(中古相場) 名義変更・保険の切り替えが別途必要。家事兼用車は譲渡所得の対象になる場合あり
売掛金 移す場合は額面が原則。実務では個人で回収を完結させる方が無難なことも多い 取引先への債権譲渡通知(対抗要件)や、回収口座の切り替えに注意
買掛金・未払金 移す場合は額面が原則(債務引受)。実務では個人で支払い完結が無難なケースも 債権者(仕入先)の承諾が必要な場合あり。勝手に移せないことも

「移さない」判断も普通にアリ

在庫と同じく、備品や車両も「全部移さなきゃ」と考える必要はありません。 数千円〜数万円の少額備品なら、個人のまま使い続けて、法人では新しく買い直す——このほうがシンプルなこともあります。 車両も、ローンや保険、名義変更の手間を考えると、すぐに移さず「法人から個人へ使用料を払う」など別の形にするケースもあります。 引き継ぎは「やらなきゃいけない義務」ではなく「やると有利なものを選ぶ」くらいの感覚で十分です。

売掛金・買掛金は相手がいる:在庫や備品は自分の判断で動かせますが、売掛金(取引先からの入金待ち)や買掛金(仕入先への支払い)は相手のある債権・債務です。法人へ移すには通知や承諾が必要な場合があるため、無理に移さず「個人の最後の期間で回収・支払いを済ませる」ほうがスムーズなことも多いです。

このあたりの「資産ごとの引き継ぎ」は、廃業の全体段取りの中で一覧化しておくと漏れません。 個人事業の廃業届|法人成り時の手続き完全ガイドの引き継ぎパートとあわせて、自分の資産チェックリストを作ってみてください。


利益相反取引と議事録|書面化の型

ここは在庫引き継ぎで絶対に飛ばしてほしくないパートです。 社長個人と法人の間で在庫を売買するということは、あなたが「売る人」と「買う会社の代表」を同時に演じている状態。 これを会社法では「利益相反取引」(自分自身と契約する形になる取引のこと)と呼び、社内での承認手続きを求めています。

なぜ承認が必要なのか

理由はシンプルで、「自分に有利な値段で会社に押し付けていないか」を客観的にチェックするためです。 売り手と買い手が同じ人だと、いくらでも会社に不利な条件にできてしまう。 だから「会社として、この条件で取引することを承認しました」という記録を残す。 これが利益相反取引の承認であり、副業の会社でも基本は省略しない、と考えておくのが安全です。

法人の形態 根拠条文 必要な承認手続き
合同会社(副業で多い) 会社法595条 他の社員がいれば「当該社員以外の社員の過半数」の承認。一人社員なら承認は観念されないが、合理性の記録を残す
株式会社(取締役会なし) 会社法356条1項2号 株主総会の承認。一人株主でも議事録を作成
株式会社(取締役会あり) 会社法356条・365条 取締役会の承認。議事録を作成
一人会社の扱い:厳密には、一人社員の合同会社には「承認する他の社員」が存在せず、595条の承認手続き自体は観念されません。ただし取引の合理性を説明するための記録は残すのが実務上安全です。株式会社の一人株主の場合も、形式的にでも株主総会議事録を残しておきましょう。書面の不備は、税務調査で「本当に正式な取引だったのか」を問われる入口になります。

残すべき書類は3点セット

在庫引き継ぎで整えておきたい書類は、次の3つです。 これさえ揃っていれば、後から「いつ・誰が・いくらで・どう決めたのか」をすべて説明できます。

📝

① 譲渡契約書(個人 → 法人)

譲渡日・譲渡資産(棚卸表を別表添付)・金額・代金の決済方法(役員借入金など)を明記。売り手=個人、買い手=法人の署名押印を。

📦

② 棚卸表(引き継ぎ時点の在庫リスト)

品目・数量・単価・金額・評価の根拠を一覧化。引き継ぎ日時点で実地棚卸をして作るのが理想。

🤝

③ 利益相反取引の承認記録(議事録など)

合同会社なら社員の同意書、株式会社なら株主総会・取締役会の議事録。「この条件で取引することを承認」と記録する。

議事録の具体的な書き方や雛形は、社宅・役員報酬・貸付金などと共通する部分が多いです。 コピペで使える型は 役員報酬決定の議事録 雛形|利益相反取引対応版にまとめてあるので、在庫の譲渡用にアレンジして使ってください。


税務調査で否認されないための注意点

在庫引き継ぎは、税務調査でわりとよく確認されるポイントです。 とはいえ、見られる箇所はだいたい決まっています。 「価額」「記録」「計上漏れ」の3方向に気をつけておけば、必要以上に身構えることはありません。ただし「書類さえ揃えれば安心」ではなく、価額が適正な時価といえるか(実質)も併せて問われる点だけは押さえておきましょう。 ここでは典型的な失敗パターンと、その回避策をセットで紹介します。

⚠️ 失敗① 契約書も棚卸表もなしに在庫を移す

「自分のものを自分の会社に入れただけ」と気軽に移すと、寄付金扱い・贈与扱いと指摘される余地が生まれます。 回避策:譲渡契約書+棚卸表+議事録の3点を必ず作る。これがあるだけで「正式な売買」と説明できます。

⚠️ 失敗② 在庫を1円・無償で法人に渡す

所得を消したくて極端に安く譲渡すると、通常販売価額のおおむね70%まで売上が引き上げられる可能性(所基通40-2の考え方)。 回避策:原則は適正な時価。通常販売できる在庫は仕入原価を軸にし、安く評価する場合は根拠(評価表)を残す。

⚠️ 失敗③ 個人の最後の確定申告で売上計上を忘れる

法人側だけ仕入を計上し、個人側で「在庫を売った売上」を申告し忘れるパターン。所得の計上漏れとして指摘されます。 回避策:廃業年の事業所得に在庫譲渡分の売上を必ず含める。個人と法人を両建てで確認。

⚠️ 失敗④ 消費税の処理を忘れる

個人が課税事業者なのに、在庫譲渡に消費税を乗せ忘れる・申告し忘れる。 回避策:自分と法人の課税区分を最初に確認し、課税事業者なら本体+消費税で処理する。

⚠️ 失敗⑤ 役員借入金を立てたまま実態を整えない

代金を役員借入金にしたあと、契約書も返済記録もなく金額だけが残ると、貸し借りの実態を疑われます。 回避策:契約書で債権債務を明確にし、無理のない範囲で少しずつ返済していく。

否認されたときのインパクトは多層的:たとえば在庫の低額譲渡が否認されると、個人側で売上の追徴(所得税・住民税)、法人側でも処理の修正が必要になり、消費税の取り扱いまで波及することがあります。さらに所得を圧縮する意図など仮装・隠蔽と判断されれば、重加算税(過少申告の場合35%)という重いペナルティが課されることもあります。だからこそ「価額の根拠」と「書面」を最初に整えておくことが、いちばんの保険になります。

税務調査の全体的な流れや、ほかの頻出指摘とあわせて備えたい方は 副業法人の税務調査|流れと備え方もチェックしておくと安心です。


在庫150万円を引き継ぐとどうなる?シミュレーション

最後に、具体的な数字でイメージを掴みましょう。 仕入原価150万円・通常販売価額200万円の在庫を持つ物販副業の方が、法人成りで在庫を引き継ぐケースです。 個人は免税事業者と仮定し、譲渡価額を「仕入原価ベース」で設定した場合で見ていきます(あくまで一例で、実際は物件・条件で変わります)。

📦 前提:物販副業の在庫を法人へ引き継ぐ

在庫の仕入原価(帳簿価額) 1,500,000円
通常販売価額(参考) 2,000,000円
設定した譲渡価額(仕入原価ベース) 1,500,000円
代金の決済方法 役員借入金で計上
個人側のこの取引による利益 ほぼゼロ

仕入原価=譲渡価額なので、個人側ではこの在庫取引で大きな利益も損も出ません。 売上150万円が立ちますが、すでに同額の原価を仕入時に計上しているため、差し引きの利益はほぼゼロ。 個人の所得を急に膨らませることなく、在庫だけをきれいに法人へ移せます。

「70%の下限」と比べてみる

仮に「もっと安く渡したい」と考えても、引き戻しの目安は通常販売価額200万円の70%=140万円です。 つまり、この在庫を140万円を大きく下回る金額(たとえば50万円)で渡すと、否認されて売上を引き上げられる対象になりやすい。 逆に仕入原価の150万円なら、その引き戻しラインも上回っており、説明しやすい安全圏に収まっています。

譲渡価額の設定 安全度 起きやすいこと
仕入原価 150万円 ◎ 安全圏 個人の利益ほぼゼロ。説明しやすい王道
70%ライン 140万円 ○ 引き戻しの目安 これを下回ると引き戻しの対象。根拠(評価表)があれば説明可能
50万円(極端に低額) × 危険 通常販売価額の70%まで引き上げ計算される可能性
300万円(時価超) × 危険 過大部分が役員への利益供与と見られ損金否認・給与課税の恐れ

こうして並べると、「仕入原価で引き継ぐ」というシンプルな選択が、いかにバランスがいいかが見えてきます。 迷ったら原価。例外的に売れ残りが多いなら、評価表で根拠を残して下げる。この2軸で考えれば、価額設定で大きく失敗することはまずありません。

私のときは、在庫がだいたい120万円分(仕入原価ベース)ありました。最初は「少しでも個人の利益を圧縮したい」と欲が出て、半値くらいで渡せないかと考えたんです。

でも調べていくうちに、安くしすぎても結局70%ラインまで売上が戻されると知って、目が覚めました。結果的に仕入原価そのままで法人に売買し、代金は役員借入金に。あとから役員報酬の代わりに少しずつ返してもらう形にしたら、資金繰り的にもむしろ都合がよかったです。

「節税のために小細工する」より、「正攻法で原価のまま引き継いで、書類をきちんと残す」ほうが、精神的にもずっとラクでした。私の条件では、これがいちばん落ち着いた着地点でした。


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よくある質問(FAQ)

在庫引き継ぎでよく寄せられる質問を、ここまでの内容のおさらいとしてまとめました。

法人成り時の在庫はいくらで法人に引き継げばいいですか?
原則は時価ですが、実務では帳簿価額(仕入原価)で売買するケースが多いです。 通常販売できる在庫を著しく低い価額で渡すと、所得税基本通達40-2により通常販売価額のおおむね70%相当額まで個人の総収入金額に引き上げられる可能性があります。 70%は推奨ラインではなく安く売りすぎたときに引き戻される基準なので、原則は適正な時価(仕入原価が目安)で設定し、最終的な金額は税理士に確認してください。
在庫を法人へ引き継ぐとき消費税はかかりますか?
個人事業主が消費税の課税事業者であれば、在庫(棚卸資産)の譲渡は課税売上となり消費税が発生します。 課税事業者かどうかは原則として基準期間(2年前)の課税売上高が1,000万円を超えるか等で判定し、直近の売上が小さくても課税事業者の場合があります。免税事業者であれば消費税は預かりません。 法人側が仕入税額控除を受けるには個人がインボイスを発行できるかが関係し、ない場合は経過措置(時期により80%→50%と縮小)の範囲でのみ控除できます。
在庫の引き継ぎ代金はすぐに法人から支払う必要がありますか?
必ずしも現金一括で支払う必要はありません。 設立直後の法人は資金が薄いことが多いため、代金を未払金や役員借入金(社長からの借入)として計上し、後日返済していく形が一般的です。 ただし債権債務の関係は契約書と帳簿で明確にし、長期間放置しないことが大切です。
個人と法人の在庫売買に契約書や議事録は必要ですか?
必要です。社長個人と法人の間の売買は利益相反取引にあたります。 合同会社は会社法595条、株式会社は会社法356条・365条に基づく承認手続きが求められます。一人社員の合同会社では595条の承認自体は観念されませんが、取引の合理性を説明する記録を残すのが安全です。 譲渡契約書・棚卸表・議事録の3点を残しておくと、税務調査での否認リスクを大きく下げられます。

まとめ:在庫引き継ぎは「契約書+議事録+仕訳」の3点セット

在庫の引き継ぎは、専門用語こそ多いものの、やることの芯はとてもシンプルです。 個人から法人へ「売買」で渡し、価額は仕入原価を軸に決め、書類を残す。 この型さえ守れば、物販系の法人成りでつまずくことはほとんどありません。

📝 この記事のまとめ

🔁
在庫は「移動」ではなく売買(または現物出資)。個人=売り手、法人=買い手で両方の帳簿に記録する
💰
譲渡価額は適正な時価=迷ったら仕入原価。「70%」は推奨ラインではなく、安く売りすぎたときに引き戻される基準(所基通40-2)
🧾
個人が課税事業者なら消費税が発生(判定は基準期間の課税売上1,000万円超)。法人の仕入税額控除はインボイスの有無で変わる
🤝
個人と法人の売買は利益相反取引(合同会社=会社法595条/株式会社=356・365条)。一人会社でも合理性の記録を残す
📦
残す書類は譲渡契約書・棚卸表・議事録の3点セット。代金は役員借入金で受けてもOK
👨‍💼
価額設定や消費税の判断は条件で変わるため、最終的な処理は税理士に確認するのが安心

在庫の引き継ぎは、法人成りという大きな引っ越しの「荷物のリスト作り」のような作業です。 面倒に感じるかもしれませんが、最初にきちんとリストと値札と記録を整えておけば、あとの会計も税務調査対応も驚くほど楽になります。 正攻法で、書面を残して、堂々と引き継いでいきましょう。

※ 本記事の情報は2026年6月時点の一般的な情報をもとにした解説です。在庫(棚卸資産)の譲渡価額・会計処理・消費税の取り扱いは、物件・収入構成・法人形態・課税区分によって結果が変わります。また税制改正により取り扱いが変更される可能性があります。 ※ 本記事は特定の処理を保証するものではなく、実際の会計処理・申告は必ず税理士にご確認ください。 ※ 当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。